上三川町の議員としての心構え①

上三川町の議員としての心構え

1 私は、上三川町に居住していますが、東京での生活が長かったせいか上三川町内の出来事はあまり知りませんでした。
 私は、5年前に町議会議員となってから上三川町の恥部というものを垣間見ることが多くなりました。それは私が新進気鋭の町議会議員であり、町の改革を真っ先に掲げて議会活動を遂行しているからです。そんな私には上三川町の人たちの生きざま、特に町内に於いて一定の立場以上に位置している人達の日常の生活の様子など、沢山の情報が投書によって届けられます。今の町政に不満を持っている町民の方々の情報、癒着の町上三川からの脱却を目指している心ある人たちからの投書等が私の元に届けられるのです。自分では意識していませんが、私の日頃の議員としての活動が町民の方たちの賛意を得ているからでしょうか。そのような数多い投書による情報の中で、私が知り得た事をブログに掲載していきます。

2 上三川町役場内において、副町長という立場の人がいます。その人は云わずと知れた上三川町行政に於いて町長に次ぐナンバーⅡの存在です。実質的には町長をもしのぐ権力を持っていると謂われている人です。その副町長の奥さんは足利銀行に長年勤務した後、一度退職しました。それが定年によるものなのか一身上の都合によるものなのか、定かではありませんがともかく退職したことには間違いありません。しかし、その後、改めて上三川町役場内足利銀行出張所に再就職したのです。これは偏に副町長の尽力のたまものであったといえるでしょう。一度止めた一流企業に再就職できるなどということは希有な事例です。奥さんが勤務している期間中、足利銀行は上三川町から窓口業務に関し、手数料を取っていたということがありました。そのためかどうかわかりませんが、足利銀行は奥さんの通勤の送迎を足利銀行の行員がやっていたそうです。これがどういうことを意味するのか、町民の方々はどの様に理解しますか。よく考えてみてください。
 とにかく、こういう不条理なことと規制緩和が相まって、手数料の支払いは廃止となりました。これらの一連の出来事は私にとって腑に落ちないものとなって心に残っているのです。つまり、民間企業が特定の役場関係者に特別な利益を提供していたのではないかということです。
 このように上三川町役場内においては、定年後の再就職に便宜を図ったり、何らかの収入の道を作ってあげたりと、権力のある人が特別の利益を提供しているのです。以上、そのようなことがあるということを町民の皆様は頭の隅に入れておくとよいと思います。